大学を卒業して入社までは仕事への希望に満ちている人は多いのですが、いざ入社すると、業務以前に挨拶などのビジネスマナーで躓く人が非常に多いです。
だって、上司が自分よりも先に帰る場合に、何と声を掛けるべきかさえ分からず戸惑ってしまうのですから。
この場合、多くの人が「お疲れ様でした」または「ご苦労様でした」と言いますが、どちらが正しいのでしょうか。
今回は、お疲れ様とご苦労様について、目上の人に使う場合の注意点や用途の違いを時代背景を含めてお話しします。
お疲れ様とご苦労様 目上へ使える失礼でない言葉はどっち?
現在は、新入社員のビジネスマナー研修などが盛んですが、次のように教わることが多いはずです。
- お疲れ様でした→目上に対して気遣う言葉
- ご苦労様でした→部下を労う言葉
この考え方の基本には、「ご苦労様」は目下に対して使う言葉であり、絶対に上司には使ってはいけないということがあります。
また、対等ではないけど微妙な場合は「ご苦労様」だと腹を立てる人もいるため、明らかに自分より下でない場合は、相手に対する敬意を持つ意味で「お疲れ様」の方が無難です。ただ、役所や警察などの公務員社会においては「ご苦労様」が定着しています。これは目上、目下という関係でなく、昔からの慣習のようです。
ですが、実はこれは勘違いから生まれたマナーだそうです。なぜそうなったのか、時代背景を見ていきましょう。
お疲れ様とご苦労様の時代背景~昔の日本語はこうだった!
(1)目上に対する労い(ねぎらい)の言葉はNG!
元々、日本の社会においては目上の方へ「労う」「評価する」という行為はNGとされていました。「お礼を言う」行為もNGという人もいます。このことから、昔は労いの意味である「ご苦労様」「お疲れ様」は使ってはいけなかった、いう見解があります。
(2)「ご苦労様」は「役割を果たした行為に対する感謝」の言葉だった
上記と一見矛盾すると思われるかもしれませんが、江戸時代から戦前までは「お役目ご苦労と存じます」「お勤めご苦労様です」などの言葉が目下から目上に対して使われていました。ただ、この「苦労」は、目上に対する労いや評価の意味ではありません。
苦労という言葉は「苦しみをいたわる・ねぎらう」という意味もありますが、ここでの意味は「与えられた役割を果たした、ということに対する感謝」なのです。そして、「ご苦労様」は、「苦労」という言葉に「ご~様」という敬語を合わせたものです。
お疲れ様が目上に対する言葉として定着した経緯は?
近年はお疲れ様が目上に対する言葉として定着していますが、その経緯を一言でいうと「間違ったビジネスマナーが広まり定着してしまっただけ」ということのようです。
昔ビジネスマナー研修を受けた際に講師に訊いたところ、お疲れ様という言葉は1960年代頃までは使われていなかったのですが、1970年代以降に急速に普及したようです。ビジネスマナーの社員教育研修がマニュアル化されるようになり、単純な今の使い方がイメージしやすく受け入れられ、昔の日本語の使い方とは違う今の形が出来上がってしまったのではないか、と言っていました。言葉というのは本来場面ごとに言葉を使い分けるべきですが、ビジネスマナーとして大人数に対して画一的に教えようとする場合、ある程度簡略化して分かりやすい、ということが必要なのですよね。
そして、今の使い方の常識とされている、
- 目上→お疲れ様
- 目下→ご苦労様
という単純な方法がそれに合致していた、というだけなのでしょう。
また、広まる原因の1つに、時代劇の脚本が間違っていたことが大きく影響しています。時代劇では水戸黄門や将軍などの偉い地位の人や悪代官などが部下に言う言葉に「ご苦労であった(ご苦労じゃった)」があり、ここから「ご苦労様」は目上の人が部下に言う言葉というイメージが固まったのです。
一方、「お疲れ様」は時代劇に登場しない言葉だったためビジネスマナーで使われるようになった、という話を聞きました。
でも実は、昔の偉い地位の人は「ご苦労であった」でなく「役目大義」「大義であった」という言葉を使っていたそうです。昔の脚本において、きちんと時代考証をしていたら現在のビジネスマナーも違っていたかもしれませんね。
昔の使い方vs現在の使い方 どちらが勝者?
言葉というのは時代と共に変化していくものです。間違った使い方とはいえ、それが常識であると世間一般に浸透している以上、目上に対して「お疲れ様」という言葉は正しい言葉として受け入れるべきではないか、という専門家も多いです。
文化庁では毎年「国語に関する世論調査」を行い、国語施策の参考にしており、平成17年度 国語に関する世論調査は「敬語に関する意識」を中心に、お疲れ様、ご苦労様の言葉について調査しています。
ただ、従来の日本語を尊重する学者もいますし、世間一般でも従来の考え方を尊重する人もいます。従来の使い方と今の使い方のどちらが正しいかという問題は、唯一の解答はありません。だから、マニュアル化されたマナーでなく、2つの言葉の根底の意味を理解して、状況に応じて使い分けていく必要があるのです。
では次に、どのような場面でどちらを使うのか、使い分けについてお話しします。
お疲れ様とご苦労様 用途の違いについて
ここでは、使う場面の違いについて考えてみましょう。
- お疲れ様→同じ職場や仲間(身内)などで上下関係のない挨拶として使う。
- ご苦労様→立場が全く別の場合に挨拶として使う。
例えば、宅急便の荷物を届けてくれた人に対して、感謝の気持ちで労う言葉を掛ける場合は「ありがとうございました」でも構いませんが、荷物を届ける役目を果たしてくれた感謝として「ご苦労様でした」を使うのが妥当でしょう。そして、この場面では、宅急便屋さんと受け取ったあなたの関係は同じ仲間ではないので「お疲れ様」とは言いませんよね。
ここで大切なのは「お疲れ様」は身内の関係で使う言葉であり、取引先などに対しては使わないということです。取引先への挨拶言葉としては「いつもお世話になっております」「(お越しいただき)ありがとうございます」など場面に応じて使い分けることが大切です。
ちなみに、身内だからといって、同じ会社内の挨拶で全て「お疲れ様」にするかといったら、それが相応しくないケースもあります。例えば、あなたが仕事で失敗した場合で、その後上司が後始末してくれたら何と言いますか?
「お疲れ様でした」と言ったら、他人事なのか!?と上司に怒られてしまいそうです。
「(上司に対して)苦労を掛けてしまって申し訳なかった」という気持ちですから、そのまま「ご苦労をお掛けして申し訳ございません」か、短くすると「ご苦労様でした」になります。
ですが、「目上に対してご苦労様を使えない」常識においてはNGなので、「大変お手数をお掛けしました。ありがとうございました。」となるかもしれません。この辺りは個人の感性にもよるので絶対的な正解はありません。
まとめ
お疲れ様とご苦労様は、今でこそ「お疲れ様」が目上に対する言葉で、「ご苦労様」が目下に対する言葉、という単純な使い方が定着していますが、昔の使い方とは全く異なります。
昔の使い方を知っている人にとっては今のビジネスマナーは相容れないため、この問題に対する絶対的な正解はありません。その会社や周囲の人の常識や、場面に合わせて使い分けをする必要があります。
ビジネスマナー研修では単純なことしか教わらないかもしれませんが、社会人としては常に状況をよく考えて言葉を使い分けられるようにしましょう。
◆お疲れ様やご苦労様が使えない会社の場合はこちらの記事を参考にして下さい。
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