【経験談】義理の家族に対する接し方は「郷に入れば郷に従え」私流は通じない

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マナーの【経験談】

【経験談】義理の家族に対する接し方は「郷に入れば郷に従え」私流は通じない

「義理の家族とのおつきあいのマナーって難しいですよね」

今回は「世界」さんの経験をご紹介します。

田舎でも都会でも、地域のそれぞれの昔からの慣習があり他所から入ってきたときには注意すべきマナーがあります。今回は実際におきた都会から田舎へ移住した方を向かえた側の視点からの経験談です。マナーを考える参考にどうぞ。

それでは「世界」さんお願いします。

結婚をして身内にはなっても、それはあくまで手続き上のこと、血の繋がりがなければ何処まで行っても他人のまま。

育った環境が違えば考え方も違う。

貴方が正しいと思うことでも世間が正しいと思っていることでも、それが嫁いだ家にも通じると考えるのは危険なこと。
皆が共通した考えを持っているなら社会から争い事はなくなる、社会から争いことがなくならないのは、自分の考えが正しいとの思い込みがあるから。

話せば分かってもらえるという甘い考えは金輪際捨てる。

田舎に嫁いだ兄嫁

かつて、私の実家にはA子という女が子供達と暮らしていた。
その女は私の兄嫁、私の実家は兼業農家、跡継ぎでもある兄は実家から車で30分ほどの会社で働くサラリーマン、農業は会社が休みの時に行い、収穫は有給休暇を取り行っていた。

兄がその女と結婚をしたのは、今から10年ほど前、当時の兄は都会で暮らしており、そこで女と知り合い交際を始めた。
交際を始める際に兄は、いずれ家を継ぐことを女に話し、そのことを承知のうえで二人は結婚をした。
結婚後暫くは都会で暮らしていた二人だが、子供が産まれたことをキッカケに兄夫婦は実家で暮らすようになった。

そのことを喜んだのは両親、私も喜んだ、しかし、気掛かりなことがある、都会育ちの女が田舎で暮らせるのだろうか?

都会と違い田舎の生活は不便が付き物、田舎にはスーパーがなく日常の買い物をするにも車がないと不便。
病気をしても、田舎にある医療機関は限られ、産婦人科に受診をするにも車が不可欠。
田舎あるあるのことだが、家の近所に住んでいる者は同じ名字、親戚だから当たり前なこと。

都会から慣れない環境の田舎に嫁いだ女を心配して、近所に住む親戚が様子を見に来てくれる、「困ったことはないか?」、「寂しくはないか?」と。

親戚宅を訪れる場合でも、手ぶらでは行かない。
訪れる親戚は手土産を持って来てくれるのだが、住んでいる田舎に買い物が出来る店はないため、手土産で持って来てくれるのは自分の田畑で採れたもの。

稼げば稼ぐほど嫌われる状況に

農業

同じ環境で暮らしているため、うちの実家で栽培しているものと、近所の親戚が栽培しているものは同じ。うちでも採れる野菜をもらっても困るのだが、せっかく持って来てくれたものを断るのは失礼なため、兄嫁は笑顔で受け取る。

うちでも同じ野菜が採れる、食べ切れない野菜は業者に売るのだが、大したお金にはならない。
農地のままにしているのは節税になるから、田舎でも農業は二の次。
野菜が沢山採れても喜べない、なぜなら、多いと値崩れを起こすから。

野菜は時間が経つと鮮度が落ちるため、収穫時期以外に食べられるよう漬物にしたり乾燥をさせる。このようなライフスタイルは私が幼かった時から何も変わっていない、恐らく両親、祖父母が幼かった時も同じような生活をしていただろう。

田舎ライフが大きく変わったのは、兄嫁が来てから。

それまでの休日は、家族揃って隣町に車で買い物へ行っていたのだが、兄嫁が来てからは宅配業者が生活に必要なモノを届けるようになった。
会員になると配送費用は掛からないため、配送業者は1日に何度も届けてくれる、実家の玄関には兄嫁が注文したものが入った段ボール箱が高く積まれるようになった。

近所に住む親戚が実家に訪れると「ようけ荷物が届くのー」、荷物を届けてくれる宅配業者は地元の人、兄嫁が住むようになってからは届けられる回数が増え迷惑を掛けていると私の両親は思っているのだが、兄嫁は何とも思っていない、会員になった特権としか思っていない。

食べ切れない野菜は畑の肥料にするか、酪農家に貰ってもらい飼料になる。
それを勿体無いと考えた兄嫁は、収穫した野菜をネットで販売するとバカ売れ、うちで採れる野菜だけでは足りないため、親戚や近所の農家から譲ってもらい販売した。

今までは処分していた野菜がお金に変わって喜んだのは兄嫁だけ、私の両親や野菜を譲ってくれた親戚、近所の農家は困惑した、なぜなら、今まで引き取ってもらっていた方(酪農家や業者さん)からクレームが入ったから。

野菜が売れるようになると、ジャムやふりかけなど加工品の製造販売も兄嫁はするようになった、すると、今度は地元の公的機関から町の名前を勝手にラベルに使われては困るとクレームが入った。

野菜や加工品の宣伝をするために兄嫁がブログなどのSNSを使うと、田舎に嫁いだ若者らが「教えて」と行って来た。
若者らが集まると地元でお店をオープンさせようとなり、使っていない実家の土地で兄嫁はレストランを始めた。

するとメディアに取り上げられ店は繁盛、県外からのお客も多く、田舎なのに道が渋滞するようになった。
儲かって良かったねと言ってくれるのは田舎に嫁いだ若者だけ、私の両親は地元の人から総スカンを喰らってしまった。
かつては長閑だった田舎、それが兄嫁の店が繁盛したことで道は渋滞、地元の人からすれば迷惑でしかない。

「郷に入れば郷に従え」は何処でも同じ

このようなことは田舎に限ったことではない。

現在、私が暮らすのは人口過密の都会、都会においても後から来た者が大きな顔をすると、前から居た人から反感を買う。
「郷に入れば郷に従え」という諺は古くからある、学のない人でも知っている有名な諺。

諺は沢山あり、中には真逆の諺も存在するのだが、「郷に入れば郷に従え」に関しては真逆の諺は存在しない。

郷に従わなくても良いとなると、社会は成り立たなくなる。
私が住む都会でも、「郷に入れば郷に従え」を守れないと大変なことになる。

閑静な住宅街に若者が引っ越して来た、その若者が乗るのは大型バイク。
マフラーを改造しているため、若者が乗る大型バイクはうるさい。うるさいと苦情が出るのだが、本人には直接言わない、仕返しされる恐れがあるから。
その若者には小学生の子供がおり、バイクの苦情はその子供が通う学校に寄せられた。
我が子が可愛いのはどこの親も同じ、子供が通う学校から苦情があったことを言われた若者は、マフラーを正規なものに変えバイクは静かになった。

別の若者は夜中に花火を行い、近隣から苦情が上がった。
若者が花火を行ったのは公園、火事にならないよう若者は水の入ったバケツを用意するなど注意をして花火をしたのだが、近隣から町内会のほうに苦情が上がった。
都会のため、若者が花火をした公園は家に囲まれており、どんなに注意をしても花火の煙や音は近隣宅の迷惑になる。
花火をすれば子供は嬉しくてはしゃぐ、それを見て喜ばしいと思えるのは身内だけ、近隣宅からすればやかましいとしか思えない。
子供なのだから、はしゃぐのは当たり前、しかし、それが通じる世の中ではない。

田舎でも都会でも「郷に入れば郷に従え」、それが守れないものは排除される、このことは昔から、そしてこれからも変わらないだろう。

愚痴にもマナーがある

兄夫婦は離婚した、元兄嫁は離婚した原因をネットにアップ、それを見た私の家族、親族、近隣の人は怒った。
離婚をし別々には暮らしている元兄嫁だが、ネットは繋がっており、ネットには元兄嫁を非難するコメントも多数存在している。

これだけ読むと、田舎に嫁いだ者を田舎に元々住む者が追い出したように思われるかもしれないが、そんな単純なことではない。
元兄嫁は、自分の置かれている環境の愚痴を、親しくしている仲間(ママ友や子供が通う保育園の先生など)に相談していた。
本人は相談のつもりかもしれないが、加害者とされた者は良い気がしない、悪口を言いふらされた思う。

元兄嫁は愚痴が言えて清々(せいせい)したかもしれないが、それは間違い。
愚痴を聞かされた者が、元兄嫁の味方とは限らないから。
現に元兄嫁から愚痴を聞かされた人が私の親戚に告げ口、このようなことは何処の世界でも起こりうること。

ママ友なんてものは子供を介して仲良くなっただけで、子供同士の関係が悪くなれば親同士の関係も悪くなる。
今までは仲間と思っていたママ友でも、所属するグループが変わると、途端に付き合い方は変わるようになる。
パーソナルエリアに踏み込めば相手方から敬遠される、付き合いは程々にしましょう。

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